「何かをしなければ」と思っていませんか?
何かをしなければ。
誰かの役に立たなければ。
そんなふうに思いながら過ごしてきた時間が、私にもありました。
無意識のうちに、何かをしている自分じゃないと、価値がないんじゃないか。
誰かの期待に応えられていないと、愛される資格がないんじゃないか。
そんな思いが、どこかで根を張り、無意識に自分自身をずっと否定していたのかもしれません。
でもあるとき、ふと気づいたのです。
「何かをしているかどうかに関わらず、すでに存在そのものが誰かに届いていることがある」ということに。
届けようとしなくても、届いているものがある
たとえば、好きな洋服を着て、気分よく歩いている姿が、
たまたま通りがかった誰かに「あ、なんか素敵だな」と心に残ることがあります。
ふとした笑顔が、知らない誰かの一日を明るく照らしているかもしれません。
自分では「失敗だった」と感じた出来事が、
実は誰かの気づきや、やさしさのきっかけになっていることもあるのです。
そう思えたとき、
「生きている」ということ自体が、すでに誰かの役に立っている。
そんな感覚が、深く腑に落ちてきました。
愛とは、自分の内側にあるもの
そして、これは愛についても同じだと感じています。
愛は「与える」「与えられる」ものだと、どこかで思っていましたが、
本当はそうではなくて、まず「自分の内側に愛があるかどうか」なんだと、ようやく気づき始めました。
どんなに誰かを愛そうとしても、
自分の心がずっと乾いたままでは、
その愛はどこかに無理が生じてしまいます。
でも、自分との関係があたたかく調っていれば、
そこから自然と愛があふれていく。
世界は地続きだからこそ、
その愛は、コントロールすることなく、ただ自然に、世界へと流れていくのです。
「すること」よりも「在ること」から
だから私は今、「何をするか」よりも「どう在るか」を大切にしたいと思っています。
私たちは、つい行動や成果で自分の価値を証明しようとしがちです。
けれど、在り方が整っていないまま頑張っても、
どこかで無理が重なって、疲弊したり、ぶつかったりしてしまうこともあります。
それよりも、まずは自分との関係性を調える。
自分に安心し、自分と信頼し合って生きていく。
そうして満ちてきた内側からこそ、
自然な行動や貢献が生まれ、
それが本当の意味で、誰かに届くのだと思います。
すべての起点は「わたし」との関係
コーチングでもよく扱うテーマのひとつに、
「自分との関係性をどう育んでいるか?」という問いがあります。
どんな仕事も、人間関係も、育児も、
「自分」との関係が調っていなければ、どこかで歪みや疲れが生じます。
逆に、自分とあたたかくつながっていられたら、
それは見えない安心感となって、すべての循環の起点になります。
「在り方からはじまる生き方」
そんな道を、今、静かに歩いてみたいと感じている方へ。
あなたがまず、あなた自身を大切にできますように。
それが、人生のすべての質を変えていく、一番はじめの一歩になっていくのです。